イチロー選手が引退しました。その引退会見は示唆に富んだ発言に溢れ、彼が日米の野球界でトップアスリートであり続けた理由を垣間見ることができました。そして、多くの方にその言葉が届いてほしいと思いました。そこで、引退会見からイチロー選手が大切にしている考え方をスポーツ心理学の観点から考えてみたいと思います。
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「野球だけでなくても良いんですよね、始めるものは。 自分が熱中できるもの、夢中になれるものを見つけられれば、それに向かってエネルギーを注げるので。そういうものを早く見つけて欲しいなと思います。それが見つかれば、自分の前に立ちはだかる壁に向かっていける。向かうことができると思います。それが見つからないと、壁が出てくると諦めてしまうということがあると思うので」
この子ども達へのメッセージは会見の中でも最も心に残るメッセージでした。
ダニッシュ博士は、スポーツは『ライフスキル』を身につけるには最も適した環境の一つだとしています。ジュニア・ユース選手たちは自分が大好きな野球、バスケットバール、ラグビー、サッカーなどに楽しくて一生懸命に取り組みます。上手くなりたいし、ゲームになれば勝とうとして頑張ります。まさに自分にとっての価値あること、好きなこと、夢中になれることがライフスキルという言葉の『ライフ』の部分です。
そして、この環境・状況になると『簡単には上手になれないな』とか『試合で思ったようにプレーできない』、『試合になかなか出られない』などの壁が一人ひとりの前に立ちはだかります。
スポーツでは監督・コーチが選手たちに様々なことを発信し、選手が自ら工夫して気づき、スキルとして身につけてもらう絶好の状況が次々とやってきます。リサーチでは次のようなスキルがスポーツをすることで獲得できることがわかっています。
・プレッシャーの中でのプレーや問題解決
・時間との格闘とその中での挑戦
・ゴール設定
・コミュニケーション
・成功と失敗のハンドリング
・組織と個人のジレンマや組織での役割
つまり、自分にとっての『ライフ』の中にある夢や目標を実現しようとして必要とされる力・技術であり、それは後天的に身につけることができる『スキル』なのです。
イチロー選手にとっての『ライフ』は野球ですが、他のスポーツでも、音楽でも、芸術でも研究でも、自分自身で選び時間を忘れるほど没頭できる、好きなものならなんでも構いません。夢中になれるものを見つけ、熱中しているとき、最高のパフォーマンスを発揮し、成長することができるのです。
「色々なことにトライして、自分に向くか向かないかというよりも、自分が好きなものを見つけてほしいなと思います。」
子供たちに『ライフ』を見つけてあげることが、大人にとって重要な役割です。そして指導者は、子どもたちの『ライフ+スキル』の獲得をプロデュースすることが使命であると言えます。
上手い下手、才能の有無、体格などの基準でできそうなことを選ぶというのではなく、本人がそれを好きかどうかが重要なポイントです。自分で選び、好きで熱中出来ればそこにエネルギーが生まれ、指導者はどうしたらハードルが高く難しいことに挑戦出来るかを伝えることで、そこで試行錯誤することさえも楽しく感じられるのです。その体験こそがライフスキルの獲得につながります。スポーツで目標を実現していく過程には、たくさんの予期せぬ困難が待ち受けているので、自分の考えや心の使い方の工夫が必要です。その力こそ自分を成長させる人生の財産になるのです。
イチロー選手は野球と出会い、野球を通じて磨き上げたライフスキルによって、野球のパフォーマンスや彼自身の魅力を高め、多くの人々を感動させ引きつける存在となったと言えるでしょう。
子どもたちへのメッセージで、自らの体験から得られたライフスキルの尊さを非常にわかりやすく、的確な言葉で表現したイチロー選手。イチロー選手の発する言葉には、自分の最高の力を引き出すための学びが溢れています。
次回後編では、イチロー選手が常に前に進み続けることができるエネルギーとなっていた『縦型思考』について解説していきます。