『たくさんの候補の中から最善の手を探すのが、本当に単純に楽しい』。これが休日には7時間以上も没頭する将棋について聞かれた藤井四段の答えです。最年少棋士 藤井聡太四段はデビューから無敗で歴代単独1位となる29連勝を達成しました。わずか14歳ながらこのような大記録を打ち立てた藤井四段ですが、その強さの源流はどこにあるのでしょうか。
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幼少期にいくつかそのヒントとなるエピソードがあります。藤井四段が4歳の時に立体パズル(キュボロ)を父に買ってもらったそうですが、この大人でも難しいパズルを幼い藤井四段は何時間も楽しみ続けていたそうです。
当時を振り返り藤井四段の母は『何回も何回もつくって飽きずによくやるな。たくさんのパターンをよく作れるなと感心していました』と語っています。5歳で将棋を始めると、詰め将棋に夢中になり、『考えすぎて頭が割れそう』と訴えたこともあるそうです。
また、小学生の頃には、祖母と一緒に道を歩いている時、ドブに落ちたことが2,3回あったそうで、その理由を祖母が本人に聞くと「将棋のことを考えていたから」と言ったそうです。
今でも藤井四段は、「将棋に対する思いはずっと変わらないです。ずっと好きで自然にやってきた感じです。将棋を指したくないとか、駒に触れたくないとか思ったことはないです。」とインタビューで答えています。
これらのエピソードでわかるのは、藤井四段はスポーツ選手たちが最高のパフォーマンスを発揮する際に生まれる『フロー』という状態に日頃からなっていたということです。
フロー状態とは、ほかのすべての思考や感情が消失するほど、自分の行為に完全に没頭している状態です。選手たちは誰しもピーク(最高の)パフォーマンスをいつも発揮したいと思っています。そのためにはフロー状態に入ることが必要です。
フローの心理状態は選手を自己の限界へと駆り立てる働きがあり、その状態を維持することで自分の最高のスキルを発揮し、ピークパフォーマンスを出し続けることにつながるからです。
しかし、実際はフロー状態に入りやすい人とそうでない人がいます。フローに入りやすい人はオートテリック(自己目的的)パーソナリティを獲得しています。
オートテリックパーソナリティとは、外から与えられた目的を達成するというよりは、自分がいま行っていること自体の喜びや楽しさを見出す性格特性です。藤井四段はその成長過程でこのオートテリックパーソナリティを獲得しているようです。
内発的動機付けを高める最も革新的な研究を続けているチクセントミハイ博士とラサンド博士は、その共同研究で『オートテリック(自己目的的)パーソナリティ』を獲得しやすい5つの家庭環境を明らかにしました。藤井四段の家庭環境はその条件にかなり合致しています。
[if !supportLists]【1. [endif]子どもが自分で選択している】
子供が無理やりやらされているのではなく、「自分で決めて選択している」と感じていることが大切です。藤井四段の場合、母親の裕子さんの子育てのスタンスが『好きなことを見つけ、集中してもらうために何ができるかをいつも考える』ですから、藤井四段は当然自分で将棋の道を選んだという認識を持っているでしょう。
[if !supportLists]【2. [endif]自分がやるべきことを明確にしている】
勝った負けたという相手に左右される結果や、本人ではコントロールしきれないことに意識を向けさせるのではなく、今、自分がやれることを明確にしてそれに注意が向くような会話がなされている。そうした環境によって、子供たちは結果に一喜一憂するのではなく、やるべきことをやって着実に力をつけていきます。
[if !supportLists]【3. [endif]親が、子供が興味をもっていることを肯定的に見ている】
子供が、今自分がしていることや、具体的な感情・経験について親が肯定的に見てくれていると感じると、子供は興味関心を持ったことに高い集中力を発揮します。
藤井四段の母親の裕子さんは、立体ブロックと格闘している藤井四段を見守り、『何回も何回もつくって飽きずによくやるな。たくさんのパターンをよく作れるなと感心していました』ということですが、幼少時代の藤井四段からすると、いつもそばに自分がやっていることを肯定的に見てくれている母がいたことが大きいのではないでしょうか。
母である裕子さんのこの姿勢は今も変わらないようです。『そばにいれば安心するだろうし。一方的に話してもらうことにして、私はひたすら聞き役になっています。口に出すことで頭の中が整理できるのかも』というコメントからもその接し方が伺えます。
[if !supportLists]【4. [endif]子が自分で出来るようになると信じ、没頭できる状態を作る】
子供は自分の力で何でもやってみたいと思う気持ちと同時に、本当に困った時には親に頼りたいという気持ちを両方持っています。自分が関心をもったことを(親も含めて)人の目を気にすることなく没頭できるのは、いざというときは親が自分を助けてくれるという信頼があるからです。
多くの場合、親はすぐに子供を助けてあげようとしてしまいますが、そうではなく親も子供を信頼し、自分で考え自分で出来るようにしてあげなければなりません。自立する強さを持たせてあげることが大切なのです。『自分がやりたいことを見つけた時に、ちゃんとやれる能力を身につけてほしい』と語る母親の裕子さんはこうしたスタンスで子供と接し続けたのだと思われます。
[if !supportLists]【5. [endif]成長に合わせた適度な挑戦の機会を与える 】
子供に挑戦テーマを与えるときは、本人がやりたくなるまで与えていません。子供は自分で徐々に難しいことをクリアしていくことによって楽しさを覚えます。将棋教室に通い始めた藤井少年は詰将棋でそれを体験し始めています。
教室の先生は『詰将棋を教えると、3手詰から始めて5手、7手、9手とどんどん進んでいく。1年で11手詰まで進んだのかな。成長がとっても早いし、読む力が最初からあった』と語っています。これまで1万を超える数を説いてきた藤井四段。今でも『詰将棋が一番好き』と言っています。
藤井四段は将棋を5歳から始めたそうですが、ご両親は「子供の好きなことをやらせよう」という家庭方針があり、将棋もルールを知っている程度で、勝ち負けの話はしなかったと言います。もちろんプロの棋士にしようとしていたわけではなく、本人が最も興味を持ったものが将棋だったということです。ですから、将棋を強制させることは無く、見守っていたそうです。
これは本人の力を最大限に引き出す理想の状態です。もちろん将棋の世界だけでなく、あらゆる世界に共通することであり、スポーツの世界でも同様です。子供たちは成長するにつれて自分で興味のあるものを見つけ、そしてこんな自分でいたいということが明らかになっていきます。その時、自分の力で自分がやりたいことができるように、オートテリックパーソナリティを伸ばしてあげるように接し続けてあげたいですね。